映画『灼熱』の歴史的・社会的背景について

3.その後のクロアチア

(1)EUへの加盟

 クロアチアにとって、EUの加盟国になることは独立以来の悲願であった。人口が450万人のクロアチアが生き残っていくには、大きな経済圏の一員になることが不可欠だと考えられていた。
 クロアチアのEU加盟には、いくつかの問題があった。大きな課題の一つは、国内の少数民族の権利保護規定を整備することであり、他の一つは、ハーグ(オランダ)の戦争犯罪法廷から起訴されている将軍(アンテ・ゴトヴィナ)を法定に差し出し、裁判にかけることであった。前者は、比較的早く解決できたが、後者については、クロアチア人の心情として受け入れ難いことであった。「祖国を守るために戦った将軍をどうして戦争犯罪人として裁くことができるだろうか」というのが人々の偽らざる思いだった。
 2001年に戦争法廷から起訴されたゴトヴィナ将軍は、一時的に姿を隠した。しかし、EUへの加盟交渉が、自分がハーグに行かないことによって遅れている状況を見て、2005年に姿を現し、ハーグに送られた。彼の裁判は、2012年の無罪判決によって終了し、晴れて祖国クロアチアに帰ることができた。彼は、祖国の英雄として迎えられた。
 2013年7月1日、悲願のEU加盟が実現した。国内は祝賀ムードに包まれたが、それは長続きしなかった。それは、思ったほど経済的な恩恵がないことが判明したためである。大きな経済圏の一員になるということは、クロアチアから他の国に出て行けることを意味するが、同時にクロアチアに他国の人や資本が入ってくることになる。銀行は、ドイツ、イタリア、オーストリアの大銀行の傘下に組み込まれ、国内最大の製薬会社も外国資本に買われた。
 クロアチアは、EUのメンバーにはなったが、まだシェンゲン協定に入っていない。シェンゲン協定に入ると、国境が事実上なくなり、協定加盟国間であればパスポートコントロールなしに往き来ができる。しかし、クロアチアに入るときは、以前と同じようにパスポートコントロールがある。クロアチアがシェンゲン協定加盟国になるには、ボスニア・ヘルツェゴビナとの国境管理を厳格にしなければならない。これに時間を要しているため、協定加盟国になるのは少し先になりそうである。

(2)人々の生活

 今年、クロアチアは独立から25年を迎えた。主力産業である観光業は、年々業績を伸ばしている。しかし、全体的に見ると、クロアチアの経済は低迷しており、失業率は20%に迫る水準である。特に若者の仕事がない。そのため、有能な若者は、仕事を求めて他のEU諸国に移動していく。EU加盟は、優秀な頭脳の流出を引き起こしてしまった。
 人々の生活は、決して楽ではない。映画『灼熱』で描かれた2011年の頃よりもさらに悪くなっていると言える。失業率が高止まりしていることもあって、人々の不満は大きい。直近の総選挙では、過半数を確保する政党がなく、連立協議が難航したために、長期間、組閣できない状況が続いた。
 現状は確かに厳しいが、クロアチアの人たちが良く使う表現がある。「そのうち、より良くなるさ。」友人同士が会うと、それぞれの窮状を嘆くが、その話は常にこの言葉で終わる。クロアチアの人々は、基本的に楽観的な人たちだと言えよう。

このページTOPへ