「アドリア海の真珠」と称えられ、スタジオジブリ『魔女の宅急便』『紅の豚』の舞台といわれる美しき世界遺産ドブロブニクをはじめ、古代、中世ヨーロッパの面影を色濃く残す歴史的街並みと豊かな大自然に恵まれた国クロアチア。2016年ヨーロピアン・ベスト・ディスティネーションが行った投票で「欧州最高の旅行先」に選ばれ、いまや世界中のツーリストの憧れの地であるクロアチアは、かつてユーゴスラビア連邦の一員であり、民族間の紛争が絶えないバルカン半島において複雑な歴史背景を抱える国であった。『灼熱』は、クロアチアがユーゴスラビア連邦からの独立を宣言し、国内でのクロアチア人とセルビア人の紛争が勃発した1991年を皮切りに、紛争終結後の2001年、そして現代の2011年と、3つの時代に生きる3組の若者の愛の物語を描く。
クロアチア紛争勃発前夜、時代の動乱に悲運をたどる1991年の恋人たち【イェレナとイヴァン】、紛争終結後の2001年、互いの民族を憎みながらも激しく惹かれあう【ナタシャとアンテ】、そして平和を取り戻した2011年、過去のしがらみを乗り越えようとする若きふたり【マリヤとルカ】。これら3つの時代の恋人同士を、いずれも同じ俳優たち(ティハナ・ラゾヴィッチとゴーラン・マルコヴィチ)が演じることで、時代を越えてひとつの愛が紡がれる様を見事に表現した手腕が絶賛を浴び、革新的な作品が集まるカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞に輝く快挙を成し遂げた。主演のティハナ・ラゾヴィッチは、本作で数々の主演女優賞を受賞し、ヨーロッパ映画界に登場した注目の新星たちに与えられる「ヨーロピアン・シューティングスター2016」に選出。将来を嘱望される若手スターの一人となった。
『アンダーグラウンド』エミール・クストリッツァ、『ノー・マンズ・ランド』ダニス・タノヴィッチの系譜を継ぐ次世代の旗手として注目される41歳ダリボル・マタニッチ監督は「私たちはいま、ソーシャルメディアを通し、バルカン諸国のみならず、世界中でほぼ毎日のように憎悪の感情を目にします。憎悪の矛先が他国でなければ、異なる宗教、政治戦略、性的嗜好、自分より高級な車を持つ隣人などへと向かう。自分たちと異なるものを拒絶する理由には事欠かない。なぜなら、愛や慈悲といった崇高な感情を表現するより、負の感情を吐き出すほうが簡単だからです」と警鐘を鳴らす。バルカン半島を舞台にした民族の憎しみと愛の闘いの物語は、あらゆる世界の国々を、そして現代日本社会を合わせ鏡のように映し出す。自らの国がたどってきた道を見つめるマタニッチ監督は「政治も過激な国家主義も決して勝者にはなれないが、人間の本質に備わる愛の力はすべてに勝る」と語る。歴史に立ち向かい、過去に打ち克とうとする若い恋人たちの揺るぎない愛が、今を生きる私たちに勇気と深い感動をもたらす。