1983 中国・甘粛省に生まれる
1997 絵画と音楽を学習
2003 国家ラジオ映画 テレビ総局管理幹部学院 卒業
2006 『夏至 (原題)』 を監督
・第9回インデペンデント・フィルム&ビデオメイカーズ インターナショナル・パノラマ特別作品賞受賞
2009 『老驢頭 (原題)』を監督
・ロッテルダム国際映画祭 ヒューバート・バルス基金による脚本、企画開発、ポストプロダクションの各賞を受賞
・第7回チャイナ・インディペンデント映画祭最優秀作品賞受賞
・第35回香港国際映画祭 SIGNIS賞および国際映画批評家連盟賞ノミネート
・第29回ミュンヘン国際映画祭 シネヴィジョン賞ノミネート
・2011年ベルギー王立フィルム・アーカイブ シネデクヴェルテ賞ノミネート
2012 『白鶴に乗って』を監督  蘇童(スートン)の小説「白鶴に乗って」 を映画化した作品
・第69回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門出品
・第37回香港国際映画祭SIGNIS賞ノミネート
・コスモラマ・トロンハイム国際映画祭最優秀監督賞ノミネート
・第15回ブラジリア国際映画祭最優秀監督賞受賞
・第4回ゴールデン・コアラ・チャイニーズ映画祭審査員賞および最優秀ヤング・ディレクター賞受賞
・第20回北京大学生映画祭最優秀アーティスティック・エクスプラレーション賞受賞
・第5回中国映画監督協会賞最優秀ヤング・ディレクター賞受賞
・第5回中国映画監督協会賞最優秀脚本賞および作品賞ノミネート
2014 大手映画会社によるオムニバス映画に参加し、ユグル族の子供を描いた短編『礼物』を監督
・第37回ルカス国際児童映画祭出品
・第37回ルーカス国際児童映画祭出品
・第37回クレルモンフェラン短編映画祭出品

『僕たちの家に帰ろう』を監督

・第9回香港‐アジア・フィルム・ファイナンシング・フォーラム(HAF)脚本賞及び
企画開発賞及びバウター・バレンドレクト賞受賞

・ロッテルダム国際映画祭 ヒューバート・バルス基金 脚本賞及び企画開発賞
・2012グローバル・フィルム・イニシアティブ最優秀脚本賞受賞
・第27回 東京国際映画祭 コンペティション部門招待 上映タイトル『遥かなる家』
私が子どもだったころ、住んでいた村の入り口で、ラクダが1,2頭電柱につながれていたのを度々目にしたものでした。家で昼食をすませ、学校に戻る際によく見かけたのですが、ラクダの持ち主であるユグル人たちは、お茶と様々な乾燥した食べ物の2袋を携え、ラクダを連れて村を離れていきました。母が言うには、彼らは草原にある家に帰るために、それから6時間も、7時間も、時には10時間も歩かなければならないということでした。私と友だちは、飼い主が不在の隙を盗んではよくラクダに乗りました。時には巧くいきましたが時には体中にラクダのよだれを浴びせられました。
時は経ち、ユグル族の人たちがラクダに乗って村にやって来て日用品を買って行く回数がますます減り、私たちが秘かにラクダに乗って遊べる時間もそれだけ短くなりました。
あとで判ったことですが、彼らの家がある草原地帯がどんどん破壊されていき、彼らは奥へ奥へと移住しなければならなくなったのです。そして、彼らが私たちの村に生活必需品を買いに来るために旅をする時間は長く長くなっていったのです。というわけで、猛スピードで進んだ近代化のせいで、私は秘かにラクダに乗る楽しみを完全に奪われました。しかし、ユグルの人々が失ったものの大きさは、私が失ったものとは比べようもありません。アディカーとバーテルの心も砕かれました。私には幸運なのか、悲しみなのか、わかりません。

1953年 四川省成都市生まれ
文化大革命が終わった78年、大学入試が再開されるとともに東華地質学院(現・東華理工大学)に進学。卒業後、外資系企業などで働いたあと87年に渡米。アメリカでMBAを取得しグリーンカードも得て、91年に地質海洋の設備を扱う労雷工業を設立し大成功を収める。00年にはワン・チャオ(王超)監督『安陽の赤ちゃん』を撮るため映画製作会社・労雷影業を設立。続いて、リー・ユー監督『紅顔』(05)、ロウ・イエ(婁燁)監督『天安門、恋人たち』(06)を製作した後、07年にリー・ユーと共同で脚本を手がけた『ロスト・イン・北京』を発表。『天安門、恋人たち』『ロスト・イン・北京』も海外で高い評価を得たが、中国では上映禁止となる。10年、再びリー・ユー監督、ファン・ビンビン出演で挑んだ『ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅』では製作の他に共同脚本も担当、更にチェン・ボーリンの父親役で出演を果たし、中国では興行的にも成功を収める。『ブッダ・マウンテン~希望と祈りの旅』は第23回東京国際映画祭で最優秀女優賞、最優秀芸術貢献賞をW受賞。12年にはリー・ユー監督、ファン・ビンビン主演で三度目のプロデュース作品『二重露光~Double Xposure(二次曝光)』にも重要な役で出演。近作は、アジアを代表するスターが競演した『いつか、また』。中国では初登場第1位となる快挙を成し遂げ、2014年の大ヒット映画となった。