妻の愛人に会う

キム・テシク 『妻の愛人に会う』を語る

私は1986年に日本に来ました。当時は日韓友好ムードはなくて、韓国では日本製品の不買運動等がまだあった時代です。留学の為パスポートを取るにも試験を受けなければならなかったのです。私はとにかく外に出てみたく、日本映画学校に留学したのです。学校には一年半ほど在籍しました。初めて来た時、自分にとって当たり前の事が日本では違っていたなんて事が随分とありました。ラーメンを食べる時にはキムチを入れないとか…。近いのに遠い国だなと思ったものです。

初めにタクシー・ドライバーを主人公にした短編の話がありました。ドライバーが朝一番に客を拾ったら、それが昔の愛人で彼には同居している女性がいるにも関わらす、一日その愛人をタクシーに乗せて市内をまわるといった話でした。これをベースに脚本家と相談して長編にしました。男一人、女二人の設定から男二人に変えたのです。“男”という生き物のキャラクターを二人の人格にわけて表現してみたかった。一個のスイカを二つに分けるのと同じような感覚です。スイカが出てくる理由もそこにあります。

どこの国の映画祭に行っても、スイカの場面は面白いと言われます。最初は丸いスイカを用意していたのですが、足りなくなり追加でスタッフが買ってきたのが楕円形のものでした。ですから、最初に二つのスイカがゴロンゴロンと転がってくる場面は自然に撮れたのです。また、潰れたスイカの上を車で通るシーンは撮りたかった場面です。自分でも一番気に入っています。

ヘリコプターは製作費の関係でチャーター出来ませんでした。実は、ソウル市内で週に一、二回役所の人間が不法建築をチェックする為にヘリを飛ばすのです。飛ぶ日を調べ、カメラを二台持っていき、ホバリングする場面を撮影したのです。それを基に合成を加えて立ち小便の場面が出来た訳です。

ニワトリは飛べない鳥です。人間も空を飛びたいと思うのに絶対飛べません。そういう意味では夢がかなわない人の象徴とも言えます。ひまわりは、ウンス役のキム・ソンミが打ち合わせの時にひまわりを持ってきた事に由来します。「なぜひまわりを?」と彼女に聞くと、「ひまわりは頭が重たい花なので表に顔を向けられない。不倫の罪を持っている女はみなそうだ。」と言うので、ずっと気になっていて映画に登場させる事にしました。

ホワイトカラーの人を主人公にしたくなかったので、何か庶民的な仕事を持っている人間がいいなと考えていました。シナリオを書いている時に脚本家とスタッフあわせて四人で一緒に旅行に行った事があります。酒を飲みかわしているうちに、脚本家と私が大ゲンカを始めてしまいました。私がふと、「お前みたいな奴は“三流”と額にハンコでも押してやる!」と相手に言ってしまい、作家をひどく傷つけてしまいました。翌朝、二人で仲直りしてその後、ハンコ屋という職業がいいぞという事になったのです。

好きな人と結婚して、相手を心から愛しているとします。仮に妻に好きな男が出来たとわかったら、真剣に悩むはずです。けれど実際我々は悩むよりすぐ怒るという行為に出ます。考えるよりもすぐ感情に訴えてしまうのです。妻が浮気をしたらどうするか?とたくさんの人に聞いてみた事があります。するとたいていの人は「相手の男を殺す」と言うんです。この答えに私はみんな映画の観過ぎだよ、と思いました。男たちが本当にこんな事を実行したら地球の人口は半分位になってしまいますよ。結局「愛」を壊すものは「愛」しかないのではと思うんです。その様に考えれば「不倫」なんてものは実際にはないのかもしれません。人間はどれだけ勉強しても、感情的には動物に近い生き物です。偉そうな事を言うよりも、ベーシックな部分として持っている“純粋さ”を大事にするべきです。私は自分の妻が浮気したらどうするだろうと考え、「浮気相手の男に会いに行きたい。」と思ったので、そこからこのお話をスタートさせたのです。

人生は一直線なものではありませんし、まっすぐな道を進むより、あっちこっち寄り道をしたり、ぐるぐると同じ所をまわってる方が楽しいし面白いと思います。映画の中でタクシーがU字形のカーブをまわるシーンを多用しているのはその為です。

アジア海洋映画祭イン幕張で、一度だけこの映画が上映された時の事です。上映後のティーチ・インで観客の一人、中年の女性からこんな事を言われました。「韓国のドラマをたくさん観ているがあなたの映画はつまらない。韓国のテレビドラマは観ているのか?」私は観ていないと答えました。すると「日本で成功する為には韓国のテレビドラマをしっかり勉強しなければダメだ。」と怒られてしまいました(笑)。

なかなか聞かれる事が少ないのですが、この映画で最も力の入っているのは音楽です。ジプシー・ミュージックっぽいものが欲しいと注文を付けたら、音楽担当のチョン・ヨンジンは半年もかけて作ってくれたのです。彼はホン・サンス監督とも仕事をしていて優秀な人です。ただしホン監督とは違い、私の場合映画音楽そのものが、前面に出てくるのが好きなんです。次の作品でも一緒に組む予定です。

カメラはこの作品がデビューとなった新人です。私が短編を撮っていた頃から、色々な事で手伝ってくれた人です。以前から映画の撮影をやりたがっていましたが、CFを中心に活動していた人なので、多少不安はありました。彼の起用にはリスクが伴いましたが、結果的にはとても良かったなと満足しています。
次回作は、今回と違って30代の女性を主人公に女性の目線で描いた不倫もののコメディになると思います。まだシナリオを執筆している最中ですが、日本で撮影して、日本の役者さんにも参加してもらうかもしれません。

映画の後半で主人公がタクシードライバーの妻と寝たかどうかは、わざと曖昧にしてあります。二人がセックスをしたのかどうかの判断が、観客の人たちにそれぞれ考えてもらいたかったのです。「やってる」と考え出したら「やった」と思うのが人間ではないでしょうか。人生において、人間の判断なんて常に曖昧なものだと私は考えています。

2007年12月 大阪にて
取材協力:ミルクマン斉藤

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