プレミア上映開催決定

『過ぎゆく時の中で』(88)、『恋人たちの食卓』(94)など数多くの香港・台湾映画に出演してきた大女優、シルヴィア・チャン。
映画監督・プロデューサーとしてもアジア映画界を代表する存在として活躍し、これまでに金城武主演『君のいた永遠』(99)、ベルリン国際映画祭コンペティション部門選出『20.30.40の恋』(04)、トロント国際映画祭出品『念念』(15)などを発表してきたチャン監督の最新作となる『妻の愛、娘の時』は、母の死をきっかけに、田舎にある父の墓をめぐる3世代の女性たちのそれぞれの想いを切実に、時にユーモアを交えて描いた感動作。
撮影は、ホウ・シャオシェン監督作品や、『春の雪』『空気人形』など日本映画の撮影も手掛ける名カメラマン、リー・ピンビン。チャン演じるヒロインの夫役は、中国映画界の巨匠・田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督。チャンが『呉清源 極みの棋譜』(田壮壮監督/07)に出演して以来の仲で、俳優として本作の出演に至った田壮壮が、優しく包容力あふれる味わい深い演技を披露している。
本作の原題「相愛相親」(愛しあい、親しみあう)に想いを込めたチャン監督は、それぞれ異なる価値観を持つ3世代の女性が人生を見つめ直す姿を通して、「家族のなかにも世代の違いがあり、どうすれば理解しあえるのかを描きたい」と語る。
誰にでも訪れる家族の問題、他人事とは思えない展開に、笑い、泣き、感動する、この秋一番心に染みる珠玉の作品が誕生した。

母の死を看取ったフイインは、母を父と同じ墓に入れるため、田舎にある父の墓を自宅のそばへ移そうとする。夫や娘と共に、父の故郷を久しぶりに訪れるが、父の最初の妻ツォンや、彼女に同情した村人たちに激しく抵抗され、大きな波紋を巻き起こしてゆく。夫の帰郷を一途に待ち続けたツォンは、田舎の家で一人暮らしをしていた。
フイインは、自分の母こそが本妻だと証明するために、両親の結婚証明書を発行しに行くが、都市開発によって役所が移転したと言われ、なかなか手に入れることができない。長年務めた学校教師の職をもうすぐ定年退職することも相まって、思い通りに事が進まずイライラを募らせていく。
そんな妻を優しく見守る夫・シアオピンは、彼女のために定年祝いのメッセージカードを買いに行ったりと陰ながら支えようとするのだが、ひょんなことから、勤め先の自動車教習所の生徒・ワンさんとの仲を、妻に疑われてしまう。
フイインの娘・ウェイウェイはミュージシャンのボーイフレンド、アダーから北京に一緒に行こうと言われ迷っていた。そんな折に、彼女が働いているテレビ局が、フイインとツォンの「お墓をめぐるトラブル」に目をつけ取材をしようとする。ウェイウェイは、ツォンのところへ足しげく通い、昔話を引き出して取材を進めるが、2人は次第に打ち解け、心を通わせていく。
そして遂に、テレビ番組にツォンが出演する日がやって来た。過剰な演出で煽り、見学にきていたフイインもカメラの前に晒され、お互いに感情のままに想いをぶつけあう。
フイイン、ウェイウェイ、ツォン。大切に想う人への気持ちが複雑に交錯するなか、それぞれが最後に下した決断とは……。

1953年7月21日生まれ。台湾出身。台北アメリカンスクールを卒業後、73年にジミー・ウォング主演『いれずみドラゴン 嵐の決斗』で映画デビュー。同年には歌手デビューするほか、キン・フー監督作『山中傅奇』(79)、エドワード・ヤン監督作『海辺の一日』(83)など、香港・台湾映画界で活躍する。日本でもホー警部を演じたサミュエル・ホイ主演『悪漢探偵』シリーズ(82・83・84・86)で注目を浴びる一方、演技派女優としても、86年の『最愛(日本未公開)』などで数々の映画賞に輝く。近年はティエン・チュアンチュアン監督作『呉清源 極みの棋譜』(06)、ジョニー・トー監督作『香港、華麗なるオフィス・ライフ』(15)、ジャ・ジャンクー監督作『山河ノスタルジア』(15)など作家性の強い作品に出演。自身も78年に監督デビューしており、金城武主演『君のいた永遠(とき)』(99)、東京フィルメックスで上映された『念念』(15)など、10作以上の作品を手掛けるほか、脚本家・プロデューサーなど、多岐に渡って活動している。

制作・監督・脚本に携わった作品

監督・脚本 舊夢不須記 Once Upon a Time(1978)出演:チャン・ビンユーほか
監督・脚本・主演 最愛 Passion(1986)出演:ジョージ・ラム、コラ・ミャオ/第23回台湾金馬奨主演女優賞受賞/第6回香港電影金像奨主演女優賞受賞/第40回アジア太平洋映画祭グランプリ・脚本賞受賞
共同監督 黄色故事 The Game They Called Sex(1987)監督:金國釗、王小棣 出演:マギー・チャン、デヴィッド・ウー、エミール・チョウ
原案・脚本・出演 過ぎゆく時のなかで(1988)監督:ジョニー・トー 出演:チョウ・ユンファ、ウォン・コンユン /91年劇場公開/第9回香港電影金像奨主演男優賞受賞
監督・脚本・出演 莎莎嘉嘉站起来 Sisters of the World Unite(1991)出演:サリー・イップ、ジョン・シャム、ケニー・ビー
監督・脚本 果てぬ想い~醒夢季節~/夢醒時節(1992)出演:コン・リー、ケニー・ビー、デヴィッド・チャン
製作・脚本・主題歌 哥哥的情人(三個夏天)Three Summers(1992)監督:ローレンス・ラウ 出演:トニー・レオン、チェリー・チャン、ン・シンリン
監督・脚本・出演 少女シャオユー/少女小漁(1995)出演:レネ・リウ、トゥオ・ツォンファ/アジア太平洋映画祭 最優秀映画賞、監督賞、主演女優賞受賞
脚本・出演 我要活下去 I Want to Go on Living(1995)監督:レイモンド・リー 出演:アニタ・ユン、エミール・チョウ
監督・脚本 今天不回家 Tonight Nobody Goes Home(1996)出演:ラン・シャン、グァ・アーレイ、ウィンストン・チャ/アジア太平洋映画祭脚本賞受賞
製作 美少年の恋(1998)監督:ヨン・ファン 出演:スティーブン・フォン、ダニエル・ウー、ジェイスン・ツァン/2000年劇場公開
監督・脚本・出演 君のいた永遠(とき)(1999)出演:金城武、ジジ・リョン、カレン・モク /99年劇場公開/第6回香港電影金像奨脚本賞受賞
製作・監督・脚本 プリンセスD(2002)出演:ダニエル・ウー、エディソン・チャン、アンジェリカ・リー
監督・脚本・出演 20.30.40の恋 (2004)出演:レネ・リウ、アンジェリカ・リー、レオン・カーフェイ/第54回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門選出/2005アジア映画批評家協会賞主演女優賞受賞
脚本 生日快楽Happy Birthday(2007)原案・主演:レネ・リウ 監督:ジングル・マ 出演:ルイス・クー、ローレンス・チョウ
監督・脚本 パパはゴッドファーザー?!/一個好爸爸(2008)出演:ルイス・クー、レネ・リウ、ノラ・ミャオ
監督・脚本 10+10(2011)台湾の20人の監督による5分の短編20編のオムニバス映画のうち「諸神的黃昏 The Dusk of the Gods」
製作 乾旦路 My Way(2012)伝統歌舞劇「広東オペラ」に密着したドキュメンタリー映画 監督:卓翔
製作・脚本・出演 香港、華麗なるオフィス・ライフ(2015)監督:ジョニー・トー 出演:チョウ・ユンファ、イーソン・チャン
監督・脚本 念念 Murmur of the Hearts(2015)出演:イザベラ・リョン、ジョセフ・チャン、アンジェリカ・リー/第16回東京フィルメックス特別招待作品/香港電影評論学会大獎脚本賞受賞
監督・脚本・主演 妻の愛、娘の時 /相愛相親(2017)

1952年4月1日生まれ。中国・北京市出身。北京電影学院(監督科)卒業後、82年に監督デビュー。『盗馬賊』(85)や『清朝最後の宦官・李蓮英』(91)などを手掛け、学院の同期だったチェン・カイコー、チャン・イーモウらとともに“中国第五世代監督”の一人として注目を浴びる。その後、93年『青い凧』が第6回東京国際映画祭にてグランプリを受賞したものの、政治的理由から中国では上映禁止となり、10年間映画撮影を禁じられた。復帰作となった『春の惑い』(02)以降も、シルヴィア・チャンも出演した『呉清源 極みの棋譜』(06)、オダギリジョー主演『ウォーリアー&ウルフ』(09)など、コンスタントに新作を発表し、国内外で高い評価を受けている。

1985年生まれ。中国・大連市出身。中央音楽学院に入学し、ピアニストとして数々の大会やイベントに出演。13年、ジョニー・トー監督に見出され、『名探偵ゴッド・アイ』で女優デビュー。続いて、出演したトー監督の『香港、華麗なるオフィス・ライフ』(15)ではチョウ・ユンファの娘役を好演し、シルヴィア・チャンと共演した。ホアン・シュアン主演『ミッション:アンダーカバー』(17)では、過激アクションにも挑んでいる。

1939年生まれ。中国出身。59年に映画デビューし、長年に渡って、「山西省話劇院」の劇団員として、舞台を中心に活躍。国内最高レベルの演技者と認められた「国家一級演員」の彼女は、03年に引退したが、11年に復帰。16年、タン・ウェイ主演『本がつなげる恋物語』に出演。家族を描いた同年公開の『搬迁(日本未公開)』とともに、円熟味溢れる演技が高く評価された。

1981年3月7日出まれ。中国・北京市出身。03年、TVドラマにて俳優デビューし、モデルとしても活躍。06年の映画デビュー後は、東京国際映画祭にて上映されたティエン・ユアン主演『青春期』(06)のほか、シュー・ジンレイ監督・主演のラブコメディ『上司に恋する女』(10)、ロウ・イエ監督のサスペンス『二重生活』(12)、アン・ホイ監督の大河ドラマ『黄金時代』(14)といったヒット作や話題作に多数出演している。

1970年6月1日生まれ。台湾出身。アメリカ・カリフォルニア州立大学で声楽やピアノを学んだ後、94年に女優として映画デビューし、続いて歌手デビュー。出演2作目となるシルヴィア・チャン監督作『少女シャオユー』(94)では、アジア太平洋映画祭の主演女優賞を受賞し、レオン・カーファイ主演のサスペンス『ダブルビジョン』(02)では香港電影金像奨の助演女優賞を受賞。そのほかの出演作に、『イノセントワールド-天下無賊-』(05)、『星空』(11)などがある。一方、Kiroroのカヴァー曲などで知られるアーティストとしても、コンスタントにアルバム・リリースを行い、「Renext WORLD TOUR」では17年3月に東京・Zepp DiverCity公演も行った。

1954年生まれ。台湾出身。78年から撮影マンとして活躍し、85年『童年往事 時の流れ』以来、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)や『黒衣の刺客』(15)など、ホウ・シャオシェン監督の作品を中心に手掛けている。また、行定勲監督作『春の雪』(05)や是枝裕和監督作『空気人形』(09)、トラン・アン・ユン監督作『ノルウェイの森』(11)など、日本映画も手掛けている。さらに、09年には長年のキャリアを振り返ったドキュメンタリー映画『風に吹かれて~キャメラマン李屏賓の肖像』も製作された。

──主人公の夫役がいい味を出していて素敵です。
なぜ映画界の巨匠、ティエン・チュアンチュアン(田壮壮)監督を起用したのでしょうか?

10年前にティエン監督の『呉清源 極みの棋譜』(06)への出演を機に友人になりました。普段のティエン監督は、監督をしている時とは違う雰囲気でとても温かみがあり、人間としての魅力に溢れる方です。今回の脚本を書き進めていく中で、主人公の夫役はスターが演じるものではないと感じていました。主人公を支え続けるもの静かな夫、という今回の役どころに、ティエン監督が何度も思い浮かび、勇気を出して打診しました。
面白かったのが、撮影初日に「演技などできない」と言うので、ティエン監督に「そのままでいい」と説得すると、翌日には、演技をしない演技というスタイルが生まれ、作品全体のトーンを決めてくれました。


──テイクを重ねたシーンはありましたか?

撮影監督のリー・ピンビンと重視したのは、常に動き続けるカメラワークと人を追うトラッキングショットでした。簡単ではなかったですが、動きがあるからこそ登場人物の関係性が伝わるという意図がありました。それに加えてリー撮影監督の希望でズームレンズを多用したが、自然光での撮影にこだわり、人工的な照明を入れなかったため、ズームをあわせるのが難しく、ドアをノックするシーンでどうしてもフォーカスが合わなくてテイク数が多くなってしまいしました。


──田舎のおばあさんの家を訪れたシーンで、主人公が「アイ・ラブ・ジャスティンビーバー」というトートバックを提げていますよね?

あのバックは小道具さんから渡されて、すぐに気に入りました。なぜかというと、母の持ち物ではなく娘の持ち物、という設定だと感じたからです。母と娘の物語ですからそういった形で表現する素敵な小道具でした。


──主人公の母役と田舎のおばあさん役について教えて下さい。

2人ともプロの女優です。特に田舎のおばあちゃん役のキャスティングが難航しました。
かつて演劇界で活躍していた女優にやっと出会えたのですが、一度は断られてしまいました。実際に夫を亡くされた辛い経験を思い出したくないという断りの理由に諦めかけたのですが、最後には役に惚れたと出演を決心してくれました。また、彼女とは非常に良いコミュニケーションをとることができ、初めは髪を切るのを嫌がっていましたが説得することができました。彼女とは今では毎日チャットをするほどの仲です。


──なぜ家族の物語をテーマに描いたのですか?

元々のアイディアは2012年に共同脚本家がだしてくれた、実話をもとにした脚本に感動したのが発端でした。また、感動しただけでなく3人の女性に共感できたことに加えて、映画化を強く望んだのは、家族の物語の中にも世代の違いがあり、お互いをいかに理解できていないか、いかに人が移動しているか、都市の急激な変化など、多角的なテーマを盛り込むことができると考えたからです。人と人が、いかにコミュニケーション取っていくかというテーマに注目して、シンプルなストーリーながら、セリフや舞台など4年をかけて脚本を練り上げました。


出典:東京フィルメックス公式サイト
掲載ページhttp://filmex.net/2017/news/loveeducation#more-16159
取材・文:入江美穂

“香港の黒澤明”こと、キン・フー監督による時代劇『山中傳奇』(1979年)で演じた、妖艶な幽霊。“ホイ三兄弟”のサミュエル・ホイ主演の現代アクションの金字塔『悪漢探偵』(82年)で演じた、男勝りの警部。“亜洲影帝”チョウ・ユンファ共演のラブストーリー『過ぎゆく時の中で』(89年)で演じた、我が子と再会を果たす母親。このように女優、シルヴィア・チャンに持つイメージは、映画ファンそれぞれかもしれない。だが、45年間に渡って、これまで100作近い作品に出演してきた彼女は、間違いなく香港・台湾映画界を支えてきた立役者であり、多くの人々に愛されている国民的女優だということだ。


息子ほど年齢の離れた青年と恋に落ちる中国語教師を演じた、ジャ・ジャンクー監督作『山河ノスタルジア』(15年)や、自身が脚本と演出を手がけた戯曲をジョニー・トー監督が映画化した『香港、華麗なるオフィス・ライフ』(15年)など、近年も精力的に活躍している彼女。そのキャリアの転機となった一作が、香港ニューウェイブを代表する女性監督、アン・ホイの劇場デビュー作となる『瘋劫/The Secret(日本未公開)』(79年)である。この作品で姉が殺人事件に巻き込まれたヒロインの心情をリアルに演じた彼女は、演技派として高い評価を得た。と同時に、前年(78年)『舊夢不須記/Once Upon a Time(日本未公開)』でデビューした映画監督としての方向性も定まっていく。いわゆるパワフルな一般的な香港映画とは大きく異なる、繊細な心情を描いた“等身大の女性映画”である。


いわば“アン・ホイ・チルドレン”というべき存在となったシルヴィアの監督2作目となる『最愛/Passion』 (86年)。この作品で、彼女は自身の不倫体験をもとに、親友の夫を愛してしまったヒロインを自らが演じ、香港電影金像奨と台湾金馬奨において、主演女優賞をW受賞する。本作の1人の男性を取り巻く2人の女性の関係性は、監督作として唯一の日本劇場公開作だった『君のいた永遠』(99年)にも踏襲され、自身も金城武演じる主人公と不倫関係に陥るヒロインの、その後を演じた。アン・リー監督の影響も見られる家族ドラマ『今天不回家/Tonight Nobody Goes Home(日本未公開)』(96年)では父親の浮気を機に家庭が崩壊していき、三世代の女性の恋愛を描いた『20.30.40の恋』(04年)でも彼女演じる40代の女性は夫の浮気を機に離婚を決意し、一念発起する。つまり、シルヴィア監督作において、不倫や浮気は主人公にとっての通過儀礼的な出来事といえるだろう。


日本では公開作が少ないこともあり、あまり知られていないが、名実ともに先のアン・ホイ、『宋家の三姉妹』のメイベル・チャンと並ぶ、中華圏を代表する女性監督でもあるシルヴィア・チャン。20代・60代・80代といった、3世代の女性の恋をふたたび描いた本作『妻の愛、娘の時』においても、シルヴィア演じる60代のヒロインも、やはりティエン・チュアンチュアン監督演じる教習所教官の夫の浮気を疑い、悩み始める。その相手として浮上する婦人を演じているのが、22年前にグリーンカード欲しさに老人と偽装結婚する少女を描いたシルヴィア監督作『少女シャオユー』(95年)のヒロインに抜擢されたレネ・リウ。その後も、『20.30.40の恋』の30代の苦悩するフライトアテンダントや、ルイス・クー主演『パパはゴッドファーザー?!』(08年)での黒社会の男と結ばれる弁護士役など、定期的にシルヴィア監督作に出演し、前作の『念念』(16年)では主題歌を担当していた彼女のコメディエンヌ演技は、本作にとって、いいスパイスになっているといえるだろう。


そんなレネが18年春、チョウ・ドンユイ主演『僕らの先にある道』で監督デビューを果たし、メガヒットを飛ばしている。その内容は、もちろん女性映画。チュアンチュアン監督がジン・ボーラン演じる相手役の父親を演じ、撮影をリー・ピンビンが担当していることを考えると、本作繋がりなのは間違いない。それと同時に、彼女の“シルヴィア・チャン・チルドレン”としての継承、そして飛躍は感慨深いものがある。

主人公の岳慧英(シルヴィア・チャン)は、母を看取ると、母を父と同じ墓に入れようと、農村にある父の墓を移そうとする。しかし、農村に住む父の最初の妻は、土で盛り上げて作った夫の墓に腹ばいになってへばりつき、断固としてそこから動こうとしなかった。帰ってこない夫を農村で待ち続けて独身を貫き、夫が亡くなると、その墓を大切に守り続ける。この場面を見て、「おばあさんはまるで天然記念物のような人だ」と思った。


中国の伝統的な親孝行の価値観に従えば、子どもたちは、亡くなった親があの世でも幸せに暮らせるように、葬儀や墓を準備しなければならない。棺桶も、親が生きているうちに作る。私が調査した農村では、経済的に余裕のある家は美しい木彫りが施されたものを、貧しい家でもシンプルな形で安価な木材を使ったものを用意していた。親はまだ元気に働いているというのに、家の中にドカンと棺桶が鎮座しているのは、なんとも不思議であったが…。


しかし、現在ではこのような家庭は減る一方である。社会が激しく変動し、人の移動も頻繁になる中、農村の親子関係、恋愛、家族に対する価値観は大きく変化している。私は調査する湖北省や安徽省の農村で、老人の自殺について度々話を聞いた。安徽省の友人の親戚の家では、年老いた母親が自殺した。息子が3人いるにもかかわらず、母親は食事の世話をしてもらえず、食べずに我慢する日もあったという。湖北省のある家族は、老衰で寝たきりになっていた親を、まだ亡くなっていないにもかかわらず、棺桶に入れて運び出し、火葬しようとした。途中で棺桶の中から声が聞こえたため、事なきを得たが、親不孝な子どもたちは非難を浴びた。このような現象が顕著な地域では、親のために棺桶を予め用意することなどまずあり得ないし、先祖の墓参りをする清明節にも人がほとんど故郷に戻らず、墓が荒れ果てている。


親不孝で、故郷を大切に考えない人たちが増えているから、この天然記念物のようなおばあさんが、尊い存在に見えるのだろうか。墓から骨を掘り起こそうと「町」からやってきた岳慧英らに対して、「村」の人たちは総動員で抵抗し、殴り合いをしてまで、おばあさんと墓を守ろうとする。


ここで私は、「町」と「村」を対比させたが、それは、中国の<町=都市>と<村=農村>には、日本では考えられないほど大きな格差が存在しているからだ。世界の経済大国となった今なお、この問題は中国が抱える社会矛盾の元凶となっている。


映画の中では明確な説明がなかったが、岳慧英やその家族が村への移動に車やバスを使っていたことから、この「町」と「村」は距離的にそう離れていない感じがする。岳慧英の父母、そして墓を守るおばあさんが若かりし頃は、交通が不便で、公共バスを乗り継ぎ、舗装されていない道路や山道を歩き、1日近くかかった道のりだったとしても、高速道路が全国各地を網羅している今や、マイクロバスを借り上げれば、数時間で到着するのではないか。私が15年以上にわたって定点観測してきた湖北省の農村も、友人の運転する車でだと、省都の武漢市内から3時間ほどで到着する。調査を始めた頃は、午前中に中距離バスに乗って出発しても、到着するのは日が暮れる頃だった。


交通の発達で、距離的にますます近くなる「町」と「村」も、物理的環境や人々の意識に関わる距離は、そう簡単には縮まらない。湖北省の村で私がいつも世話になるのは、私の友人である武漢の大学教授の幼馴染だが、彼は大学入試であと少しのところで合格点に届かず、進学をあきらめて村に残った。農作業と農閑期の建築現場などでの肉体労働で、幼馴染の顔や腕は日焼けして真っ黒だ。かたや、国からも表彰される一流の学者になった我が友人は、肌も焼けておらず、大先生よろしく、村で調査する時には引き連れてきた大勢の学生に、あれやこれやと指示を出している。友人は農民に寄り添うように聞き取り調査を行うため、着るものも食べるものも質素で、泊まるのも農民の家や安いホテルなのだが。
 それにしても、どうして中国の「町」と「村」の距離は縮まらないのか。中国の豊かな地域と貧しい地域には、先進国と途上国ほどの大きな差がある。そして、豊かな地域の大半が「町」であり、貧しい地域の大半が「村」である。「村」に住むのは、戸籍制度によって規定される「農民」だ。農民の生活水準は総じて低く、平均年収が大都市の標準的なサラリーマンの月収より低い地域もある。


戸籍制度が導入されたのは1950年代、重工業分野での資本蓄積を加速するため、農産物価格を抑え、都市住民の福利厚生を優遇しようと、農村から都市への人口移動を規制するのが目的だった。改革開放政策の進展に伴い、移動の制限はなくなったが、都市戸籍者と農村戸籍者を区別する制度は存続している。都市で出稼ぎ労働に従事する農村戸籍者は「農民工」と呼ばれ、農業をしていないにもかかわらず、「農民」の帽子が乗っかったままだ。農民工は、出稼ぎ先の都市では、都市戸籍者が享受する多くの社会サービスを受けることができない。それは、「町」と「村」の社会保障の内容にあまりにも大きな差があるからだ。


例えば、戸籍所在地でない都市の病院では医療費の自己負担率が高くなるため、農民工の多くは、出稼ぎ先の都市では、小さな民間の診療所や闇の施設に行っている。親の就労のため、都市部で初等・中等教育を受けた農民工の子どもは、大学入試は戸籍所在地に戻って受けなければならない。教科書も入試問題も地域によって異なるため、ほとんどの人が遅くとも高校の段階で戸籍所在地に戻り、受験準備を始める。大学は地元の学生を優遇して合格者数を決めるため、北京や上海など、大学が集中する地域の戸籍をもつ人と、大学が少ない地域の戸籍をもつ人との間で不平等が拡大する。


岳慧英の父は、結婚後半年で町へ行ってしまう。最初の妻であるおばあさんの説明によると、村が凶作に襲われたのがその理由だというが、岳慧英の父は、町で出会った岳慧英の母と恋に落ちた。町は村にはない魅力に満ちていたのだろうか。彼は村に戻らなくとも、村に住む妻に生活費を欠かさず送金した。最初の結婚は家同士で決めたのだろうか。岳慧英の父は、家族を想う気持ちと個を重視する感情が交錯し、死ぬまで悩んでいたのだろうか。

町と村の間には距離がある。とはいえ、町の人たちも村の人たちも、法と慣習、家族と個人、伝統と革新などの間で揺れ動いており、この映画はそうした人々の様子を実にうまく描き出している。